TOPへ戻る ランプの話  
鏡には鏡の記憶も都合もあるようだが、曇った鏡はいつものとおり静かに壁にかかっていた。

スークで買った小物類は金属ラックの中段に並べて、アンティークショップのディスプレイのように気を使って手入れをしていた。
その日も化学ハタキで軽く埃を払っていたところ、ランプの蓋にハタキの細かい繊維が引っかかって床に落ちてしまった。拾い上げてみると蓋が微妙に曲って浮き上がっている。
蓋は取っ手側に起こして開ける方式になっていたので、蝶つがい部分を点検したり軽く押さえつけたりしていると、ランプの中からもくもくと煙が出てきた。
「およびになりましたか」
わっ あちっ とあわててランプをラックの上に戻した。ランプの中に可燃性のものが残っていて突然発火したのかとおもったのだが、よく見ると火は出ていないようだった。あらためてランプに触れてみると熱もなかった。
しかし煙はまだランプのまわりにただよっていた。
煙がゆれながら喋ったような気がしたので「蓋が合わなくなったんだ。もとにもどればいいんだが」と声に出して言ってみた。
「おやすいごようです」
ランプのまわりでただよっていた煙がパッと消えた。
よくわからないがランプが燃え上がる心配はなくなったようなので、蓋を閉じてみるとぴったりだった。真横から見ると灯心口も蓋も取っ手のカーブも美しく整っていた。

ひととおり掃除も終わって、それなりの位置に置かれたランプを見ていると、もう一度ためしてみたくなった。
蓋をあけたり閉じたり蓋を押したりしてみたが、何も出てこなかった。化学ハタキのせいで静電気が蓄積していたのだろうか、少し残念な気がした。

しかし、これは古いペルシャのランプなので (だといいなと思っているだけだが)、なにかが出てきてもいいのではと、諦めきれずにまた蓋を開けてみた。もくもくと煙が出てきた。
「およびになりましたか」
たしかに煙のあたりから声がした。突然言われても困るというものだが、ここで軽率な返事をしようものならとんでもないことになるかも知れない。
少し考えてこれがイイというものを思いついた。「3万円取り返してくれ」
「おやすいごようです」
ランプのまわりでただよっていた煙がパッと消えた。

言ってはみたものの本気にしている訳ではなかったが、多少注意深くなっていたのかもしれない。翌日、帰りに駅の前で財布を拾った。中をみると3万円入っていた。
交番は交差点の向いにあるので届に行った。交番のなかには誰もいなかったが、そのまま置いておくわけにもいかないので待つことにした。20分もたった頃警察官が帰ってきたので、その向こうで拾ったという書類を作成し面倒から解放された。

帰り道ふとランプとの関連について考えてみた。しかし、ここは日本なんだからランプももう少し考えてくれないと困るという結論に落ち着いた。